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是空さんの公開日記
08月23日
14:48

水無潤。28歳。ストリッパー、AV女優、パフォーマー、娼婦――。

数々の肩書きを持つジュンには、平成17年10月11日、覚せい剤取締法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反で実刑2年、執行猶予3年の判決が下っている。

北朝鮮と日本のハーフとして生を受け、物心ついた時にはバイセクシャルであり、境界性人格障害に苦しみ、10回にも及ぶ美容整形で造った88E-56-88のボディーには、パイパンのアソコに向かって舌を伸ばす大蛇と牡丹の刺青が刻まれている。

「体ひとつで資本主義サバイバルゲームに自動的に参加してきたの」とジュンは嘯く。

ジュンは富山で生まれて富山で育った。父親は廃材を中国へ輸出するといったリサイクル業者。母親はクラブママ。比較的裕福な家庭に育ち、三歳からバレエスクールと学習塾通いといった英才教育を受ける。

そんなジュンにとって、性の原初体験はどういったものであったのだろうか?

「幼稚園に入ったばかりの頃、塾の帰りに友人と公園で遊んでいると、知らないおじさんが『パンツを脱いだらおいしいものをあげるよ』と話しかけてきたんです。

友人は怖がって帰ってしまったのですが、私は言うことを聞いてパンツを脱いでみせました。するとおじさんは私の性器を丹念に舐めあげた後で、『おいしいから飲んでごらん』といって私の口の中へ白濁液を流し込んだんです」

それからは幼稚園でも男子と一緒の部屋に入ると発狂してしまい、泣いて暴れて救急車で運ばれるという日々が続き、幼稚園では男子と隔離されていたという。

5年程病院へ通って治療を続けることによって10歳になってようやく男子生徒とも普通に接することができるようになった。

「小学生の頃は勉強ばかりしているガリ勉で、学級委員にもよく選ばれていましたね。ちょうどその頃、オナニーも覚えたけど、異性との交遊はなかったです」

中学に入学すると、周囲の影響でグレるようになる。
小学生の頃は勉強も楽しかったが、小学生のうちに中学で習う内容を習得してしまっていたので、テストでは合格点を取れたし、勉強をする必要もなかった。

学校をサボっては友人の家にたまって麻雀をしていた。
そんなジュンに処女喪失の日はやってくる。

「中学1年の時に不良仲間の一人と付き合うようになって、2年生の時にそのカレと初体験を済ませました。若気の至りでカレの名前を安全ピンで腕に彫ったりしましたが、本当はクラスメイトの女の子のことが好きでした。3年の時には『ポップティーン』や『エルティーン』で援助交際の存在を知り、仲間達と援交に明け暮れていましたね」

ジュンは15歳の冬に人生で初めての挫折を味わう。
母子の悲願であった宝塚音楽学校への入学も身長が2センチ足りずに受験資格が得られなかったのだ。

高校に入学すると週末は渋谷で遊ぶようになり、16歳で初めてドラッグに手を出した。その頃、家出をして男の家に転がり込むようになる。やがてジュンは妊娠が発覚し、高校2年で退学処分となった。

「子供は親にも相談せずに一人で堕ろしました」

中卒の父親が年を取ってから通信制の高校を卒業する姿を見てきたので、ジュンも通信制の高校に編入し、18歳の春にはきちんと高校を卒業する。そして腕に自分で彫った元カレの名前を消すために牡丹の刺青を入れる。その後、蛇、蝶、炎……と次第に増えていく。

高校を卒業するとダンスへの夢が再燃し、トップレスショーのダンサーとなる。やがてヘッドハンティングされてヤクザのカレシと店を任されるまでになった。またその頃、興味本位で風吹あんなのレズビデオにも出演している。

しかし店の経営とダンサー業の両立は大変であり、過労を誤魔化すためにクスリに頼るようになってしまう。

「カレのいた組ではシャブを扱うことを禁じられていたので、必死に止めさせようとしてくれたんですけど……」

平成13年9月11日、シャブの入れすぎで意識不明になったジュンは生死を彷徨う。そしてヤクザのカレシに捨てられたジュンは、単身NYへ旅立つことを決意する。

NYでは2年間、レッスンと振り付けの練習に没頭した。NYへは無一文で行ったため、韓国人コミュニティーで紹介された韓国人ママの経営する売春宿で働いて日銭を稼いだ。

「韓国人のお客さんの時は韓国人として、日本人のお客さんの時は日本人として対応しました。日本人客のほとんどは外務官僚でしたね」

一発250ドルの150ドルバックだった。
やがて韓国人ママから「韓国でポルノ女優をしないか?」という話を持ちかけられ、自分のルーツでもある韓国へと渡る。韓国のポルノは擬似セックスで、ハメはナシ。(ハングル文字で)李潤という名前で在日女優として出演していた。

「韓国には一年ほど滞在して、10タイトルのポルノに出演しました」

韓国での契約が終了すると、ジュンは3年ぶりに日本へ戻ってくる。そして六本木のプライベートアイズでショーダンサーとして新たなスタートをきった。ショーを見に来る客の中には、のちに彼女の運命の人となる六本木の大物ドラッグディーラー・ギャンがいた。

「ギャンちゃんは毎晩のようにチップとして万札を振るまってくれて、私のメンツを立ててくれたの」

ある日、マネージャーに呼ばれてギャンの席にいくと、ギャンは「一緒にロンドンでお店をやろう」と口説いてきた。男がドラッグディーラーであることはジュンにはすぐにわかった。

「あなた自身もやるの? それとも売るだけ?」というジュンの質問に、「クスリをやる人間はバカ。大金払ってどんどんはまっていく。俺は売り、稼ぐだけ。ジュンはやってないよな。見たらわかる」とギャンは答えた。そうして2人は付き合うようになった。

ストリッパーとして男達を誘惑し日銭を稼ぐジュンとドラッグディーラーとして人を破滅させ日銭を稼ぐギャン。

「ゴキブリのようなカップル。でも私はそんな生活が好きだった。体を売り、命を掛ける毎日だった」

ギャンのプライベート携帯電話、2人の暮らすアパート、ギャンの仕事仲間の為のアジト、全ての名義はジュンのものであった。客用プリペイド携帯だけはギャン名義。彼等ディーラーはポン中やエクスタシー好きのクラブ少年少女、有名人などの顧客が登録されている電話番号を持っている。一度で高額買う客、小額でも頻繁に買う客、とにかくたくさんの客を自分のモノにしてしまえば電話一本で商売が成り立つ。

「私は通訳係。その他には運び屋、ボディーガード、製造係などがいたわ。貯金がたまると新しく来たイラン人に客番号入り電話を売って、地下銀行で国に金を流し、ギャンは帰国する。上客が入っている電話は3,000万で売れたわ」

ギャンは上客だけ削除した携帯電話を2,000万円で売り、一緒にロンドンへ行こうと誘ってきた。ショーダンサーとして充実していたジュンは一年後にロンドンへ行くことを約束して遠距離恋愛をすることとなった。

「毎日、国際電話で近況を報告しあいました。そして私の仕事も落ち着いてきてロンドンに行く計画を立てていた頃、ギャンから電話が掛かってきたんです」

ギャンは「すぐ日本に行くよ。いいパスポートも手に入れた。婚約指輪持って行くから。1年生活してお金を貯めてどこかいい国で暮らそう」と言ったという。

日本国籍であるジュンは大概の外国はビザなしで入国できる。でもギャンの場合はそうにはいかない。まず、偽造パスポートを造る組織に20万から30万払わなければならない。質の悪いモノだと空港のイミグレーションでバレてしまい、強制送還される。そして5年間の入国禁止が待っている。

「ギャンがなりすますパスポートに書かれてある人物、誕生日、それにフライトスケジュールをメモしました。そして何かあった時のために、ロンドン留学中に知り合い、日本に初めて私に会いにきてくれた一つ年下の彼、というストーリーを作っておいたんです」

成田のイミグレをギャンは難なく通り、入国した。
京成本線に飛び乗るジュンとギャン。
電車が動くや否や、ジュンとギャンは抱き合い、唇がちぎれるほど吸い付き合った。

ギャンがジュンの薬指にイスラミックなデザインにプラチナゴールドとたくさんの小さなダイヤモンドがあしらわれた婚約指輪をはめる。
この瞬間、ジュンは(男性に守ってもらい、幸せを感じる)という完全なメスになった。しばらくオスを避けて生きてきたジュンの心を開かせてくれたギャン。

「ドラッグディーラー。職業なんてどうでもいい。愛と金を同時に手に入れ、その幸せは怖いぐらいだった」

ギャンはまた日本に戻って商売することを考慮して、上客の番号だけはメモしてあった。ギャンのメモに書かれた上客の番号に一件一件ジュンは電話した。

半分以上はもう使われていない。多分パクられてしまい番号を変えている、もしくは留置所か拘置所でムショ行きを待っている。繋がった客はすぐディールし、場所と時間を決め、毎日Japanese Yenが手に入る。

またドラッグディーラーとしての日々が始まったが、そんなに殺伐とした日々を送っていたわけではない。

「普通に渋谷とかでもデートをしていたし、クラブへもよく遊びに出掛けました。もちろん『あそこのバーには新手のバイヤーがいたな……』というような会話だけは普通のカップルとは違ったんでしょうけど」

ギャンとはよくツタヤでビデオをレンタルしたという。
ギャンのお気に入りはゴッドファーザーだった。
ゴッドファーザーを食い入るように見ているギャンに寄り添って寝ているジュン。

しかしそんな幸せは長くは続かなかった。

ある晩、ドアを叩く音にジュンは気づいた。
ドアをあけると酔っ払ったギャンがふらついている。
部屋に入るなりギャンは「警察、ヤクザ、俺のことを殺れるもんなら殺ってみろ! 俺に怖いものは何もないんだ! 無敵だー!」と怒鳴った。

結婚指輪が右の薬指にはめられているのに気付くジュン。倒れこんだギャンが手にしていた携帯電話にはには知らない女性とギャンが映し出されていた。

「瞼の裏のスクリーンに他の日本人メスと交尾しているギャンの姿が映し出されたの。私は腕を切り裂いて、足首を切り裂いて、ロキソニンを大量に飲み干して、白い結晶に手を伸ばしていたわ。ドラッグをとめどなく鼻から入れ続け、更に市販の鎮痛剤や風邪薬を50錠単位で飲んでは吐き、世界が終わることを願ったわ」

8月11日。
ジュンがアジトに足を踏み入れると、ギャンと仲間はまだ寝ていた。
ジュンから消えうせようとしながらも使えるものは骨までもしゃぶり取る。
「私を骨までしゃぶりとった白い結晶のように……」

ジュンは出掛けに作成したメールを母に送った。
メールの文面は『命に関わる大事なことです。すぐ麻布警察署に電話して六本木○○に来るように言ってください』だった。

ジュンが送信したと同時に目覚めたギャンはジュンに気付く。
ジュンはパケを見せつけ、粉末を飲む。
同時にいろいろな市販薬も飲み干すジュン。

「これで警察が来たら私の逮捕は確定ね」とジュン。
「お前はキチガイだ!」とギャン。

慌てて仲間をたたき起こし、その場から逃げ去るギャンと仲間。
涙を流して立ち尽くすジュン。

「泣いた。時間が止まった。逃げる力もなくただ泣いた。もうギャンと会えない……。こんな方法でしか別れられないバカ女……あのときはそんな感じでしたね」

立ち尽くすジュンの元に警察が到着する。
パケとタマを見せ、両手を前に差し出すジュン。

それからしばらく経った9月8日。ギャンは殺人未遂を犯して全国に指名手配された。

そして平成17年9月15日、ジュンは留置所の一室で「全国指名手配中の男が那覇空港で逮捕」という記事を目にすることとなる。

「震えたわ。罪悪感と復讐の達成感が交じり合った感じですね。でもまだ愛してることも否定できずに、夢の中でもいいから会いたい……でも夢にでてきてくれない……。うまく言えないけれど、複雑な気持ちでした」


平成18年1月19日。
接見室でジュンとギャンは久々に顔をあわせた。

「アジューザン?(ペルシャ語でダーリンの意)」とジュン。
「ジュン、ごめんなさい。私、バカ」とギャン。

「5ヵ月ぶりに見た、そして初めて私に見せた弱々しい姿にただ唖然としました」

窓越しに手を重ねあうジュンとギャン。
「私は拘置所、刑務所行きます。何年わかりません。もう一度チャンスください」とギャンは震えるような声で言った。

「アジーザン。ジュンはもう27歳ですよー。待ってたらおばちゃんになりますよー。おばちゃんが待ってるなんて可哀想ですねー。アジューザンもハゲてきてるし、いいっかな?」とジュンは答えた。

「ギャンは私の答えをどう受け止めたかはわかりません。でも、とりあえず身元保証人になりました。愛と憎悪は紙一重っていうけれど、本当は『同じ』なのかもしれませんね」


完                             (インタビュー 是空)
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